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Diary / ダイアリー

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バックナンバー  2005年11月のDIARY  


2005.11.12 / ひとめぼれ“豆乳のトロワ”

 
10時にホテルをチェックアウトして、歩いて市営地下鉄千日前線・桜川駅すぐのFITNESS CLUB ONEへ。地下道のなんばウォーク(だったかな?)などをドンドン歩くも地上に出たら少し道に迷った(笑)。

1時間30分強トレーニング。足の裏の感覚が敏感になるいい感じ。そのあとなんば駅近くのクレープリー・アルションで昼食。一番安いランチにしたら少々足りなかった。結局パンを注文(笑)。

もうひとつ用事を済ませる予定が定休日で頓挫。小腹が空いたのでJR大阪駅付近をウロウロしてると“Natural House”というお店の“豆乳のトロワ”が目に飛び込んでくる。ひとめぼれして購入、安曇川へ行く電車の中で食べたんですけど“塩”“バター”といった基本的な味付けがシンプルな中に実にいいバランス。見ると調布市にある会社製(劇団のある小金井市のとなり)。“トロワ”ってどういう意味なんですかね?

17時30分ごろ安曇川駅に到着。駅前の平和堂(劇団も公演を主催してもらったりお世話になっている)で衣類・食料を物色。

夕食はそのとなり“タスパズーボ”にて。セットメニューのドリンク(紅茶)を先にもらって1時間以上本を読みふけり、あとから食事をもってきてもらう離れ業(?)。

宿泊先に行く途中、扇子を作っている家があった。初めて見た!あとはストレッチをして、表に停めてある劇団バスの中で発声訓練。近所迷惑になりませんように(笑)。



2005.11.11 / 2日目のジンクス

 
舞台は初日が開けて2日目がキケンとよく言われます。原因は初日とにかく必死にやって2日目は気が抜けるとか、色々言われますけど難しいのは事実だと思います。で、今日がその2日目(笑)。

とにかく時間がなくなるのは経験上よくわかっていたので気持ちが落ちないように気をつけました。そしてその喧騒の中でも時間の許す限りベストを尽くす。当たり前のような、そんな準備を心がけ、開演を迎えました。

18時30分開演、大阪市森ノ宮にあるアピオ大阪ピロティホール。大阪のお客さんは“芸”にシビア!という印象が強いのですが、幕開きからシーンごとの拍手。なんとかいい舞台が出来ました。

もちろん今日やってみて、更にこれからの課題が見えてきたりと取り組むべきことは沢山ありますが…ホッとしました(笑)。そうそう終演後楽屋に『裸になったサラリーマン』に客演していた桂楽珍さん一家が訪ねてきて下さいました。それと福井さん、みかんの差し入れありがとう!!



2005.11.10 / 脂汗

 
昨日の夜からお腹の調子がよろしくなかったのですが、朝起きて今日の稽古会場アピオ大阪小ホールに着くころには脂汗。胃痛に詳しい劇団員に相談し、話を聞いてもらうとカキにあたったのでは?とのこと。たしかに( ̄д ̄;)!!

慌てて近くの内科にお世話になり、16時に稽古が終わるころにはかなり痛みも収まりました。遅いんですけど。

夕食は法善寺横丁のお好み焼き屋“三平”にて。前回来たときは火事があった直後で営業していなかったのですが、今回は場所を少し変えて営業していました。やっぱりお好み焼きを食べると大阪に来た感じがします(思い込み?)。



2005.11.09 / あくる朝

 
朝起きると、昨日久々にアルコールを口にしたせいか少し気持ち悪い。ホントに弱くなったな(笑)。10時に『カンチャレ』全国初日の地・加古川市内のホテルを出発。お昼ごろには大阪市内のホテルに到着、でもこの時間なので当然チェックイン不可。

お昼ごはんは谷町四丁目駅から徒歩5分ぐらいの“王王ラーメン”にて。10数年前、『クマゴンの森』の初演時に泊まっていたウィークリーマンションの近く。近頃多い奇抜な味付け(超こってりとか激辛とか)じゃなく、優しく美味しい。店主も変わらないなー。

桜川駅徒歩1分のFITNESS CLUB ONEでトレーニング。2時間以上いた(笑)。9日ぶりのトレーニング、弾力性のあるしなやかな筋肉に戻すまでにはいたらなかったかな。身体くん、いつもすまんの〜(笑)。でもこれが今、一番やりたい仕事だから。

夕食はイタリアン。前菜に、野菜と大豆たっぷりのミネストローネ・スープ!カキとホウレンソウのスパゲッティ(大盛り)。もりもり。

夜はホテルの部屋でやっていたオペラ座の怪人を観る。う〜む…大画面で観たかった。。。


淳久雲堂書店


2005.11.08 / 『カンチャレ』全国初日!!

 
『カントリーチャレンジャー』の初日の幕が開きました。

11時に集合して打ち合わせ、歌の稽古、踊りの修正などをして13時30分からゲネプロに突入しました。幕間には演出家の怒りのダメ出し。2幕目も終わりようやく流れも掴めてくる。ゲネプロ終了後細かな修正点をつぶしてゆく。いよいよ思い切り舞台に立つ準備ができた感じ。

17時にロビーで主催者とボランティア・スタッフの皆さんと本番前の顔合わせ。本当に新しいミュージカルの幕が開くのだ。18時30分、孫子の代へと繋がる道づくり・町づくり・国づくりと、前作『みちぶしん』を超えるスケールの新作が兵庫県加古川市で産声を上げた。



2005.11.07 / おしるこ!

 
1日加古川市民会館で稽古でした。午前中は踊りを中心とした位置アタリ。初演だとこれだけでも結構時間かかるんですよね、今日も3時間近く。適当にザァーっとやって済むものでもないし、必要な時間です。午後から演出家が来ての芝居を中心とした稽古。21時すぎまで。

食事も地元のボランティア・スタッフの皆さんにお世話になっているんです。昼食はカレー、3時におしるこ、夜は手作りお弁当!本当に助かっています。なかなかその感謝の気持ちを伝える時間がないのですが(笑)。

演出家の稽古終了後は様々な部署の作業続行。まだ終わらない作り物や細かい直し物など。初日はいつもこんな感じです。

5日の移動日、昨日の仕込み日と、まともに身体動かしたり声を出したり出来ていないので23時ごろ少し時間をとりました。やはり動くはずのところまで動かなかったり、動きの質が落ちたり、出るはずの声がでなかったりと“芸”といったらいいのかわかりませんが「荒れる」んでよね。1日だったらごまかせますけど2日目はもう絶対だめ(笑)。そして何より自分を信じることが出来なくなる。

今日は全くエンジンがかからなかったけど、特に心配はしていません。今夜もやるべき準備をして、明朝起きてから開演時間まで大事に過ごします。



2005.11.06 / 本田美奈子さん

 
本田美奈子さんの訃報には驚きました。急性骨髄性白血病とは…。彼女の決断力・行動力にはいつも刺激をもらっていました。

今日は朝から加古川市民会館に入って仕込みでした。地元のボランティアスタッフの皆さんたちが大勢でバックアップ体制をとってくださり、様々な部署で初日前ゆえに未完成な仕込が一気に進みました。



2005.11.05 / 移動日の悲劇

 
兵庫県加古川市までの移動日。10時に小金井市にある劇団事務所前に集合して劇団バスで出発…のはずが!目覚めると9時すぎ( ̄□ ̄;)!!昨夜旅の準備して、寝たのが4時ごろだったからなぁ…不覚。

仕方なく班責に連絡して電車移動に。予想外の出費だ(T_T)なので午前中は家で雑務をこなし午後から事務所でお仕事して加古川に向かいました。新感線が予想以上に混んでいて、東京駅で1時間ぐらい待たされる。いつもこんなものなのかな?22時5分加古川駅着!徒歩15分ほどで宿泊先のホテルに到着しました。

23時からのテレビ朝日系『スマステ5』の香取慎吾さんと北野武監督の対談は見ごたえありましたねー。やはり物事の“見方”が非常に個性的な人です。それは異端ではなく王道であると僕は思いました。



2005.11.04 / 衣装合わせの季節

 
衣装合わせの季節(笑)。数日前から劇団で製作、もしくは製作を依頼した衣装がどんどん上がってきていて、少しづつ演出家に見せてはいたのですが。今日は松竹衣装さんから借りた(時代ものとかは借りることが多い)ものなど全てを着ての衣装合わせ。バランスを見て注文が飛びます。

16時すぎから通し稽古。なによりイメージ出来たことが実際に出来ないのは口惜しいですね。イメージはあるんですから、その先を詰めないのは全て自分の責任ですから。こういったことが多かったなぁと自覚してきているので、その“甘さ”をどんどん取り除いていきたいです。

19時前から事務所のパソコンに張り付いてデスクワーク(苦笑)。23時すぎまでかかってしまった。もうちょっと効率よく出来る目処が立ったかな。



2005.11.02 / 耕して天に至る―中国・雲南 世界一の棚田

 
今日の稽古途中、演出の石塚さんに貸していただいた写真集に感動。大塚雅貴さんの耕して天に至る―中国・雲南 世界一の棚田です。

本作品の中に、民族衣装を着て農作業に励む村人の姿がある。祭りでも何でもない、日常の装いの姿だ。これは先人への敬意と米作りに対する真摯な姿勢に思えてならない。水田ゆえ汚れる格好でいい、との意識が彼らにはないのである。先人への感謝の念の大きさゆえに、民族の誇りでもある衣装という“正装”でなければ、仕事に臨めない姿勢が遺伝子に受け継がれてきたと私には思える。

これはまえがきのような形で載っていたノンフィクション作家の小林照幸さんによるもの。帯にあったこの一文でK.O寸前でした(笑)。

「今年の稲はどうかね」瑶(ヤオ)族の男が哈尼(ハニ)族の男に尋ねていた。小さな苗が今年もたくさんの穂をつけますように。そんな願い事をしているような彼らは、優しいまなざしで水を注ぎ、水牛で耕し、苗を一本一本丁寧に植えていく。
ほかの少数民族とも棚田を分け合い、誰も犠牲にすることなく助け合う伝統もまた、この地が千年以上も変わることなく育まれてきた理由かもしれない。
標高1600メートル、時には冷たい風が吹く中で彼らは必死に米作りをやっていた。


これは大塚雅貴さん本人によるもの。この文章を書く大塚さんのまなざしも、きっと果てしなく優しい。


淳久雲堂書店





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